米国では、合衆国憲法修正第10条「本憲法によって合衆国に委任されておらず、また州に対して禁止されていない権限は、それぞれの州または人民に留保される。」という条文により、公教育に関する権限は州に委ねられている。そのため、州の独立性が強く、カリキュラムは州ごとに作成されている。しかし興味深いことに、2009年辺りから各州共通のカリキュラムスタンダードを策定しようとする動きが出てきたのである。ただし、わが国の学習指導要領とは異なり、国(連邦)が策定するものではなく、州主導の取組となっている。以下、その概要である。

■ 各州共通基礎スタンダード(Common Core State Standards)とは?

● CCSSの概容

各州共通基礎スタンダード(Common Core State Standards:CCSS)は、州教育長協議会(Council of Chief State School Officers:CCSSO)と全米州知事会(National Governors Association Center for Best Practices:NGA Center)が調整役となり、48の州と2つの準州とワシントン D.C.の知事及び州教育長を含めた州の指導者によって開始された州主導の取組である。スタンダードは、子どもたちが大学に進学し、または職業に就くための準備を整えるための明瞭かつ一貫したフレームワークを提供することを目的に、教師と学校管理者と専門家との協同で開発された。 スタンダードは2つのカテゴリーに区分される。すなわち、①共通到達目標(College and career readiness standards)と②K-12 スタンダードである。前者は、高校を卒業する とき、生徒が学習しておくことが期待されるものを扱うものである。後者は、小学校から 高校にかけて学習しておくことが期待されるものを扱うものである。

● CCSSはなぜ必要なのか?

準備 :スタンダードは大学や職業への準備を行うためのものである。スタンダードは、高校を卒業した後の教育・訓練でうまくいくために必要な知識やスキルを児童生徒が用意する助けとなるものである。 競争 :スタンダードは、国際的な調査を踏まえて策定されたものである。共通基礎スタンダードは、児童生徒がグローバル競争に負けないようにする助けとなるものである。 公平 :児童生徒の居住地域によることなく、すべての児童生徒に将来の見込みが変わらずある。 明快さ :スタンダードは、明確な目標を持ち、首尾一貫し、明瞭なものである。より明瞭なスタンダードは、児童生徒(保護者、教師)が自分に何を期待されているのかを理解する助けとなる。 協同 :スタンダードは、カリキュラムツールや専門職開発、共通テストその他の道具を構築するために、資源や専門的知識を協同で負担し、州や学区を越えて協同して取り組む土台を構築する1

■ CCSS の公表(2010年6月)に至るまでの道程

図解

(出典)Ritter, Bill, Jr., Update on the Common Core State Standards Initiative, National Governors Association, 2009. (注) 各州共通基礎スタンダード Common Core State Standards:CCSS 各州共通基礎スタンダード構想 Common Core State Standards Initiatives 共通到達目標 College & Career-Readiness Standards:CCRS 州教育長協議会 Council of Chief State School Officers:CCSSO 全米州知事会 National Governors Association Center for Best Practices:NGA Center カレッジボード College Board アチーブ Achieve アメリカ・カレッジテスト American College Test :ACT 開発グループ Work Group 助言グループ Feedback Group 顧問団 Advisory Group 第三者委員会 National Validation Committee 全米州教育委員会協議会 National Association of State Boards of Education:NASBE 米国州立大学経営者協会 State Higher Education Executive Officers:SHEEO

2008年12月、NGA と CCSSO 及びアチーブの三者が共同で共通スタンダードの開発を 訴える報告書を発表する。2009年3月に開催された NGA の会合において開発の実施が決 定され、これを受けて取組が開始される2。 2009年4月17日、「NGA と CCSSO 並びに41州の関係者が集まってシカゴ市(イリノイ州)で開催された会議において各州に参加が呼びかけられた。会議の後、アラスカ、ミズーリ、サウスカロライナ及びテキサスの4州を除くすべての州(46州)とワシントン D.C.(及びプエルトリコとバージン諸島)がプロジェクトへの参加の意思を示す合意文書に署名した。署名した各州は、開発されたスタンダードの導入を義務づけられてはいないが、開発後3年以内に導入又は現行スタンダードと調整すること(この場合、内容が 85%以上反映されていること)が求められている」3。46の州と2つの準州、ワシントン D.C.の知 事と州教育長が、K-12 の英語(English-language arts:ELA)と数学の共通基礎スタンダ ードを開発することで合意した。各州共通基礎スタンダード構想(Common Core State Standards Initiative:CCSSI)は、CCSSO と NGA センターが調整役となり、州主導で取り組まれた。 NGA は、2009年6月1日、K-12 の英語と数学の教育スタンダードについて46州が共通のスタンダード開発に合意したことを明らかにした。 2009年7月1日、開発グループ(Work Group)と助言グループ(Feedback Group)のメンバーが発表され、数学と英語における教育スタンダードの開発作業が開始された。開発グループは、非営利団体「カレッジボード(College Board)」やシンクタンク「アチーブ(Achieve)」、民間組織「アメリカ・カレッジテスト(ACT)」の協力の下、それらの専門家を中心に、英語については14名、数学については15名のメンバーで構成された。助言グループは、大学の研究者を中心に、州教育局職員やチャータースクール関係者などを含め、英語については 18 名、数学については19名のメンバーで構成された。 またこのとき同時に、開発初期段階のたたき台として共通到達目標(College and career readiness standards:CCRS)の草案が州に対して公表された。開発作業は、①ハイスクール終了における到達目標を策定し、これに基づき②K-12 の学年別の到達目標及び指導内容を定める、という手順であった。共通到達目標(CCRS)は①に関するものである。 2009年9月、第三者委員会(National Validation Committee)が発表された。第三者委員会は、教育スタンダードに関わる国内外の第一流の専門家を集め、25名の委員で構成される。同委員会は、独立した立場からスタンダードの水準保証や開発推進に向けた支援を行い、そしてスタンダード導入に関する承認(validation)を行う。同委員会は、2009年12月、2010年4月、2010年5月に会合を持った。 2009年9月、共通到達目標(CCRS)の草案が、パブリックコメントを受けるために国民に公表された。 2009年11月、K-12 スタンダード(CCSS の学年レベルのスタンダード)の第一草案が州に公表された。これは、開発の初期段階にまだあり、多くの章で構成された極めてラフな草案であった。州からのコメントを受けた後、カンファレンスも開かれ、その場で口頭で出された意見・要望も併せて、また2つの草案が出された。多くの州がまだ懸念を持っていたが、以前に州が返した意見に対する草案の反応については満足を得ていた。いくつかの州は、このときフォーカスグループを別に実施していた。 2010年3月10日、K-12 スタンダードの草案が、パブリックコメントを受けるために国民に公表された。国民のコメントは 2010年4月2日まで集められた。州は、コメントを出す機会を2回以上与えられ、その後、最終版 CCSS が公表された。 英語と数学のスタンダードのフォーマットされていない草案が、それぞれ5月14日、5月26日に公表された。州は、最終版の CCSS を、一般公表の1日前の2010年6月1日に受け取っている。 2010年6月2日、最終版の CCSS が一般公開された。6 月にはまた、第三者委員会による最終報告書も、以下の言葉から始まり、発行されている。「過去のスタンダードを設定する取り組みとは異なり、CCSS は、数多くのソースから入手した研究やインプットに基づいており、そして国内外の教育における最も優れた実践に基づいている。(略)CCSS は、アメリカの児童生徒が、知っておく必要のあるもの、そして大学や職業においてうまくやるために知っておく必要があるもの、を表している。ひとたびスタンダードが採択され、実施されるならば、州は、児童生徒の学力を評価し、そして児童生徒をこれらのスタンダードを満たす責任を有す主体として位置づける最も適切な方法を決定することになる。」4 2012年1月現在、Center on Education Policy(2012)によると、45州とワシントン D.C.が CCSS を採択している5。そして、そのほとんどの州が、2014‐2015 年度までに完全実施する予定にある6

■ CCSS の策定の手順

● CCSSの策定に係わった主体

顧問団(Advisory Group)は、構想を形作るためにアドバイスやガイダンスを提供した。この顧問団のメンバーには、アチーブ株式会社、ACT、カレッジボード、全米州教育委員会協議会、米国州立大学経営者協会が含まれる7。 スタンダード策定に係るチームには、外部の助言チーム、州の助言チームから継続的に助言が与えられた。一流の専門家から構成される第三者委員会はスタンダードをレビュー し、最終版スタンダードは 2010年6月2日に公表された。 外部の助言チーム、州の助言チームには以下のものが含まれる。①K-12 の教師、②中東 語教育機関の教員、③州のカリキュラムやテストに係る専門家、④研究者、⑤全国組織(ア メリカ教育協議会(American Council on Education:ACE)、アメリカ教員連盟(American Federation of Teachers:AFT)、高等学校の公平性のための運動連盟(Campaign for High School Equity:CHSE)、数学科学協議委員会(Conference Board of the Mathematical Sciences:CBMS)、現代語学文学協会(Modern Language Association:MLA)、全米英 語教師協議会(National Council of Teachers of English:NCTE)、全米数学教師協議会 (National Council of Teachers of Mathematics:NCTM)、全米教育協会(National Education Association:NEA)が含まれる)である。

● CCSSの特徴

CCSS は、①大学や職業における将来の見込みとの間で調整されていること、②明瞭で理解可能で一貫していること、③高度に秩序だったスキルを通じて知識の適用や厳格な内容を含んでいること、④現在の州のスタンダードの強みと教訓に基づいていること、⑤すべての児童生徒がグローバル経済社会においてうまくいくように準備するため、他の高い成果を上げている国々から知見を得たものであること、⑥エビデンスに基づいていること8という特徴、目的を有している。 CCSS は、現在の州のスタンダードの強みをさらに増強して、①焦点を合わせ、首尾一貫 し、明瞭で厳格なものであること、②国際的に調査されたものであること、③大学や職業へのレディネスに根付いていること、④エビデンスや研究に基づいていること、といった上に設計されている。 CCSS のエビデンスには、①高い成果を上げている国々のスタンダード、先頭に立つ州の スタンダード、全国的に認められている枠組みとしてのスタンダード、②青年期のリテラ シー、文章の複雑性、数学の指導、定量的リテラシーに関する研究、③スタンダードの付 録に含まれている研究ベースや参考にした研究成果のリスト、が含まれる。 CCSS のエビデンスベースにはたとえば、高い成果を上げている各国・地域(下表)のス タンダードが、内容(content)、構造、言語を形作るのに用いられた。スタンダードを策定 するチームは、厳格性(rigor)、首尾一貫性(coherence)、進歩性(progression)を各事例から検討した9
数 学 ( Mathematics) 1. ベルギー(フランドル) 2. カナダ(アルバータ) 3. 中国 4. 台湾 5. イングランド 6. フィンランド 7. 香港 8. インド 9. アイルランド 10. 日本 11. 韓国 12. シンガポール 英語(English language arts) 1. オーストラリア ・ ニューサウスウェールズ ・ ビクトリア 2. カナダ ・ アルバータ ・ ブリティッシュ=コロンビア ・ オンタリオ 3. イングランド 4. フィンランド 5. 香港 6. アイルランド 7. シンガポール

● 誰/何の意見・知見が反映されているか

スタンダードの策定のために用いられる手順では、以下のものから知見を借りるようにする。すなわち、①最も優れた州のスタンダード、②教師の経験、教育内容の専門家、州、 一流の思想家、③一般の国民からの意見である。 ① 最も優れた州のスタンダード スタンダードは、国内の様々な州から、そして世界中の様々な国々から、最も高い効果 をもったモデルの特徴を得て、そして児童生徒によって学習することが期待される内容についての共通の理解が教師や保護者に提供される。一貫したスタンダードは、その子どもがどこで暮らしていようが、すべての児童生徒に対して適切な水準点を提供する。 これらのスタンダードは、児童生徒が高校を卒業し、大学に入学した段階で、また単位を取得する段階で、そして職業訓練プログラムにおいてうまくやっていけるために、K-12 教育の中で身に着けるべき知識やスキルを定義するものである。 ② 教師の経験、教育内容の専門家、州、一流の思想家 スタンダードを策定するため、NGA センターや CCSSO は、内容の専門家(content experts)や教師、研究者その他の人間を招集した。NGA センターと CCSSO は、草案のス タンダードに関して、教師や中等後教育段階の教育者(コミュニティカレッジを含む)、市民権団体、英語学習者、障がいをもった児童生徒に代表される、しかしそれに限定されな い全国組織からまず最初に意見が聴収された。 ③ 一般の国民からの意見 NGA センターと CCSSO は、2回のパブリックコメント受付期間において合計約 1 万件のコメントを受けた。コメントは、教師や保護者、学校管理者、また教育政策に関心を持 つその他の市民から送られてきたもので、コメントの多くは、スタンダードの最終版を形作るうえで役割を果した。 共通到達目標の草案は、2009年9月にパブリックコメントのために公表された。K-12 スタンダードの草案は、2010年3月10日にパブリックコメントのために公表された(9600件のコメントを受けた)。最終版スタンダードは 2010年6月2日に国民に公表された。

1 以上 Achieve, Understanding the Common Core State Standards, June 2010, pp.2-3.

2 文部科学省『諸外国の教育動向2010』明石書店、2011年、28頁。

3 文部科学省『諸外国の教育動向2009』明石書店、2010年、27頁。

4 Education Northwest, Common Core State Standards History, http://educationnorthwest.org/resource/1280

5 Center on Education Policy, Year Two of Implementing the Common Core State Standards: States’ Progress and Challenges, 2012, p.1.

6 Ibid, p.6.

7 Common Core State Standards Initiative, Process, http://www.corestandards.org/about-the-standards/process

8 Common Core State Standards Initiative, About the Standards, http://www.corestandards.org/about-the-standards より。

9 Achieve, Understanding the Common Core State Standards, June 2010, pp.2-8.