イギリスは、民間企業が行うCSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)活動の最先端の国として知られる。歴史的に見ても、サッチャー政権以降の「小さな政府化」やブレア政権の「第三の道」の流れにおいて、民間セクターの公的部門における存在感が増大してきた[i]。この背景には、年金法の改正[ii]等のCSR推進策を国として実施してきたことが挙げられるが、CSR推進策の実施にあたって重要な役割を担っているのがNPO[iii]やNGO[iv]などの様々なCSR関連組織である。CSRの推進に際して、多くの民間企業がこれらの組織のコンサルティングサービスを利用している。政府もこれらCSR関連組織による政府や企業とのパートナーシップがCSRの推進に不可欠であると認識しており、民間企業がこれらの組織を活用することを推奨している[v]。 民間企業が行うCSR活動の分野は多岐に渡るが、その一つとして、教育に対する支援活動が積極的に行われている。ここでは、CSR関連組織として重要な役割を担っているNPOのうち、Business In The Community(以降、BITC)というNPOの活動を通して、イギリスにおいて行われている民間企業による教育支援の具体的な事例を見ていきたい。 BITCは1982年に設立された、民間企業のCSRを支援する活動を行っているNPOである。イギリス一部上場企業の8割が会員として加盟しており、チャールズ皇太子が総裁を務めている。また各国のNPOとの間で国際的なネットワークも保有している大きな組織である。BITCはその多様な活動のうち、Business Classという教育支援プログラムを提供している。プログラムの内容は下表の通りである[vi]

リーダーシップ・組織管理

企業学習・雇用適性

カリキュラム

その他の問題

ビジョン、戦略、経営計画

企業学習

学力向上

生活態度

組織管理

雇用適性

カリキュラム提供

社会性

リーダーシップ

キャリア・意欲向上

カリキュラム開発

保健衛生・健康管理

スタッフ採用・維持

モチベーション管理

職業体験

識字能力 / 英語

目的別の特別支援

スタッフ技能開発・トレーニング

学生間リーダーシップ

数字基礎能力 / 数学

保護者への支援

実務管理・財務管理

ロールモデル学習

科学・技術・工学

その他の科目分野・言語

BITCの提供するプログラムの特徴は、生徒向けの支援だけではなく、教職員向けの組織管理能力の向上に対しても民間企業が関わっているという点である。また、生徒に対して行う支援の中でも、通常のカリキュラムやキャリア教育だけではなく、健康や生活指導に関する分野に対しても関わりを持っているという点も特徴的である。 つまり、イギリスにおける民間企業の教育支援では、教育を通じて認識される様々な社会的課題の克服が目指されており、NPO等の中間組織を介して複数の関わり方が提供されているのである。このため、イギリスでは民間企業が既に持っているノウハウを教育現場に活用しやすく、組織の大小に関わらず民間企業が教育支援を行う体制構築が試みられているといえる。


[i] 参考:矢口義教「近年のイギリスにおけるCSRの展開 –政策面に注目して-」『経営学研究論集』第027号、2007年、24-25頁。
[ii] 2000 年に実施された年金法の改正では、投資の観点からSRI(社会的責任投資)を加速させ、それを受け止める形で民間企業がCSRの対応をせざるを得なくなった。 (参考:足達英一郎「CSR:その概要と企業の取組」株式会社日本総合研究所ウェブサイト、2003年。 <http://www.jri.co.jp/company/publicity/2003/detail/0901/>【最終確認:2015年7月30日】)
[iii] NPO=Not-for-Profit Organizationの略。
[iv] NGO=Non-Governmental organizationsの略。
[v] 独立行政法人労働政策研究・研修機構ウェブサイト「企業の社会的責任(CSR)(イギリス:2006年 2月)>海外労働情報」2006年。 <http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2006_2/england_01.htm>【最終確認:2015年7月30日】
[vi] 表の内容は2014年11月に筆者が行ったヒアリング調査時に入手した資料による。