米国では、民間企業の経済活動のみならず、非営利セクターの活動も非常に盛んである。全米で150万以上のNPOが存在し[i]、総雇用の約10%を占めている[ii]。教育分野においても多数のNPOが存在し、果たしている役割は大きい。とりわけ有名なものに、大学新卒者を教員免許の有無に関係なく、教育困難地区の学校に常勤講師として2年間派遣するティーチ・フォー・アメリカ(Teach For America)[iii]、学習用ビデオ教材をウェブ上で無料提供するカーン・アカデミー(Kahn Academy)[iv]などがある。本稿では、高校生の大学進学に関する種々の事業を展開するNPOであるカレッジボード(College Board)[v]と、その看板事業の一つである高大接続プログラム「アドバンスト・プレイスメント(Advanced Placement、以下APプログラム)」を紹介する。 カレッジボードは1900年にCollege Entrance Examination Board (CEEB)という名称で設立され、現在はニューヨーク市に本部を置く教育NPOである。高校、大学などを中心に6,000以上の機関が会員として加盟しており、年間収益は8億2100万ドル(2014年度)に達している[vi]。1926年に大学進学のための共通試験であるSAT[vii]をスタートさせたカレッジボードは、長らくその主催者として知られてきたが、近年はAPプログラムの運営元としても存在感を増している。 APプログラムとは、高校生が高校在学中に大学の教養レベルの授業を受講できるシステムであり、毎年5月にカレッジボードが実施するAP試験で一定以上(多くは5段階で3か4以上)の成績を修めれば、大学の単位として認定される。SAT予備試験での点数などを元に、APクラスを受講する能力があると判断された生徒が受講できる。大学のアドミッションにおいても、AP試験での成績は、高校での成績(GPA)やエッセイなどと共に重要な要素の一つとされる。一般に、AP試験で好成績を収めた生徒は、大学でも良い成績を収め、学位を取得できる可能性が高いと言われている[viii]。 歴史を紐解くと、APプログラムは、1950年代に少数の名門大学と名門高校からなるグループが円滑な高大接続の実現を目指して行った研究にその起源を持ち[ix]、当初はエリート教育の一環という要素が色濃かった。しかし、大学のアドミッションに有利という認識の広まりや、AP試験受験料負担軽減のための補助金制度が州および連邦レベルで整備されたことなどにより、参加者は増加の一途を辿り、特に1990年代以降は飛躍的な伸びを見せている。現在では公立高校卒業生の3人に1人がAP試験を受験しており[x]、大学進学を目指す幅広い階層の高校生が参加するプログラムとなっている。

1  APプログラムの拡大 sekai.nishikawaThe College Board, ”Annual AP Program Participation 1956-2015” . [http://media.collegeboard.com/digitalServices/pdf/research/2015/2015-Annual-Participation.xls]より筆者作成。

重要な点は、APプログラムの授業が高校の教員により、高校の教室で行われていることである。すなわち、生徒たちは高校での正規の授業としてAPクラスを受講している[xi]。教員はそれぞれシラバスをカレッジボード側に提出し、基準を満たしているという認可を得た上で授業を行っている[xii]。APクラスを開設している高校の多くは公立学校であるから、NPOであるカレッジボードが、公立学校での教育の中身に深く入り込んでいるという構造を見て取ることができる。 日本においてカレッジボードと類似する存在といえば、大学進学のための共通試験を実施しているという点から大学入試センターが想起されるが、これは文部科学省管轄の独立行政法人であり、政府機関からは独立したNPOであるカレッジボードとは決定的に異なる。上述のように、APプログラムにおいては米国の公立高校における教育内容にまで直接的な変容をもたらしており、州および連邦レベルでの補助金制度まで存在する。同様の例は日本国内には見受けられない。カレッジボードは単なるNPOではなく、APプログラムを通して米国における公教育の一端を担っていると言っても、過言ではないだろう。 もちろん、米国は教育制度が極めて地方分権的であり、個々の学区および学校レベルでの裁量の幅が広い。そのような点から、すぐに日本との比較を論じるのは難しい。しかし、教育における公と私の関係を考える上で、カレッジボードとAPプログラムが興味深い事例の一つであることは間違いない。


[i] National Center for Charitable Statistics (NCCS), “Quick Facts About Nonprofits”. [http://nccs.urban.org/statistics/quickfacts.cfm] (last visited Nov. 17, 2015)
[ii] Lester M. Salamon, S. Wojciech Sokolowsi, and Stephanie L.Geller, “Holding the Fort:Nonprofit Employment during a Decade of Turmoil.”, Johns Hopkins University, 2012. [http://ccss.jhu.edu/publications-findings/?did=369] (last visited Nov. 17, 2015)
[vi] The College Board, “College Board Forum 2014 – Agenda Materials”. [http://media.collegeboard.com/digitalServices/pdf/forum-agenda.pdf] (last visited Nov. 17, 2015)
[vii] 近年は民間のテスト会社が提供する「ACT」にシェアで遅れを取り、リニューアルが進められている。詳細は、原田誠「SATリニューアル最新情報」(2015年)、米国大学進学ガイダンス、[http://www.us-lighthouse.com/education/e-15108.html]、を参照のこと。
[viii] David Wakelyn, “Raising Rigor, Getting Results: Lessons Learned from AP Expansion”, NGA Center for Best Practices, 2009, pp.1.
[ix] The College Board, “A Brief History of the Advanced Placement Program”, 2003. [http://www.collegeboard.com/prod_downloads/about/news_info/ap/ap_history_english.pdf](last visited Nov. 17, 2015)
[x] The College Board, “10 Years of Advanced Placement Exam Data Show Significant Gains in Access and Success; Areas for Improvement”. 2014. [http://www.collegeboard.org/releases/2014/class-2013-advanced-placement-results-announced] (last visited Nov. 17, 2015)
[xi] ただし、高校での成績認定だけでは大学の単位としては認定されず、別にAP試験で一定以上の成績を収める必要がある。
[xii] The College Board, “AP Course Audit”. [http://www.collegeboard.com/html/apcourseaudit/] (last visited Nov. 17, 2015)