海馬と関連領域の協調的活動を調節 → 記憶課題の成績が向上

●Science 2014年8月

「海馬」と呼ばれる脳領域は,他の脳領域から様々な情報を受け取り,意識的に思い出せる性質の記憶(宣言的記憶)の形成や利用に必要不可欠であることが分かっています。しかし, 海馬と他領域との協調的な処理がどのように記憶処理に関与しているかはまだよく分かっていません。 そこでこの研究では,人体を傷つけず,一時的に脳細胞を活動させられる手法であるrTMS(繰返し経頭蓋磁気刺激法)を用いて,海馬と他領域との間の協調的活動を調節し,それによる記憶成績への影響について検討しました。具体的には,海馬とともに記憶処理に関わり,かつrTMSを実施可能な脳の表面に位置する左外側頭頂葉に対して,5日間にわたってrTMSを実施しました。また,実験初日,なか日,最終日に顔—単語の連合記憶テスト[i]を含む認知テストを実施し,実際に刺激する条件と偽刺激条件との間で成績変化を比較しました。 その結果,実際に刺激した条件でのみ,最終日の成績が初日に比べて顕著に向上しており,向上レベルも偽刺激条件に比べて顕著に大きいものでした。この効果は記憶テストに対してのみあらわれ,記憶以外のテストでは効果が生じませんでした。さらに,rTMSによる協調的活動の変化と記憶の向上レベルとの関連を調べたところ,左海馬と関連領域との協調的活動が強まっているほど記憶成績が向上していました。併せて,rTMSによる協調的活動の調節は,海馬と関連領域との間に限られるものでした。これらの結果から,海馬自体の機能だけでなく,海馬と関連領域との間の協調的活動が(連合)記憶に重要であること,さらには,その協調的活動をrTMSによって強化できることが示されました。この研究によって,記憶を支える脳内メカニズムの一端が明らかになっただけでなく,記憶に困難を抱える方に対する治療法の開発に寄与しうる手法が提供されました。
[i] 顔—単語の連合記憶テスト: 連合記憶テストでは,まず学習段階で顔と単語(chair, hatなど)の組み合わせを学習してもらい,その後のテスト段階で,顔に対応する単語を答えるというものでした。

サイエンスセンサー

図 連合記憶テストの刺激例.

出典:Wang JX, Rogers LM, Gross EZ, Ryals AJ, Dokucu ME, Brandstatt KL, Hermiller MS, Voss JL. “Targeted Enhancement of Cortical-Hippocampal Brain Networks and Associative Memory.” Science, Vol. 345, No. 6200, 2014, pp. 1054-1057.

(報告者 京都大学大学院教育学研究科 博士後期課程 梶村昇吾)