第9回 バングラデシュの就学前教育における政府とNGOの協働:政策面から見た課題 ―京都大学大学院教育学研究科 博士後期課程 門松愛―
本報告の目的は、バングラデシュの就学前教育において政府とNGOがどのように協働しているかを主に政策面から概説し、協働における課題を探ることである。そのために、まず、バングラデシュの就学前教育に関する基本情報を整理し、その後に政策の展開を辿る。
最初に、バングラデシュの就学前教育に関する基本情報から整理したい。大前提として、バングラデシュの大きな特徴はNGO大国であることであり、就学前教育(Pre-Primary Education )を含む「乳幼児の発達(Early Childhood Development:ECD)」の領域においても、200以上のNGOが活動を行っている。バングラデシュにおいて就学前教育は、5-6歳児を対象とした1年間の教育とされており、無償ではあるが義務ではない。就学前教育の就学率は、26%
[i](2011)と低い状態であり、未だ拡大の途上である。就学前教育に関わる政府機関は、初等大衆教育省(Ministry of Primary and Mass Education)であり、その管轄下では、初等学校に附設する形で就学前教育を提供する教室が設けられている。表1にバングラデシュで就学前教育を提供する機関とその提供数を示した。このように、政府と拮抗する形でNGOと私立機関が幼児教育を提供していることがわかる。では、政府とNGOの協働はどのように進められているのだろうか。
表1.バングラデシュの就学前教育提供機関と施設数(2013年) |
提供機関
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初等大衆教育省(1)
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NGO
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私立(4)
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政府立初等学校
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非政府立初等学校
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施設数(校)
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35,521
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20,955
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10,550(2) ~23,616(3)
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20,000
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注:(1) 初等教育局資料より(D/Jewel 2013/Total Date Jarm 2013.xls)。(2) 同上。(3) Directorate of Primary Education Ministry of Primary and Mass Education Government of the People’s Republic of Bangladesh. Pre Primary Education Expansion Plan. 2012, p.13.
(4) Md. Murshid Aktar, Bennesse Child Reaserch Net, 2013年4月。(http://www.childresearch.net/projects/ecec/2013_07.html 最終アクセス2014年5月26日)2009年の数値。
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政府とNGOの協働を象徴するのが、2005年に設立されたBEN(Bangladesh ECD Network)である。BENには、2014年時点で、200以上のNGOと、就学前教育に関わる政府機関とが所属しており、バングラデシュにおける乳幼児のケアと教育の分野で、情報と経験を共有するフォーラムであること、組織間の協力を増加させることを目的としている。BENの設立後、2008年の就学前教育実践枠組み、2011年の就学前教育ナショナルカリキュラムの制定、政府-NGO協働ガイドラインならびに実践計画の策定、2012年の就学前教育拡大計画の策定など、就学前教育における政策は飛躍的に充実した
[ii]。このような政策のなかでも特徴的なのは、政府-NGO協働ガイドラインならびに実践計画、また、就学前教育拡大計画であろう。これらの政策において、協働がどのような形で描かれているか、以下で確認していく。
まず、政府-NGO協働ガイドライン・実践計画では、協働できるNGOについて細かな規定が存在し、協働成立以前の規定が厳しく述べられている。具体的に、3年以上の経験や人的資源・組織構造・監査システム・財政的能力を持つことが求められている。加えて、NGO自身のプロフィールについて42に上る項目に答え、予算や活動計画を提出し、活動計画の一環として、目標もしくは活動内容、成果を立証できる指標、想定される結果を述べる必要がある。協働成立後のNGOの役割として、①コミュニティを基盤とする就学前教育センターの提供、②教員給与・補助教材・施設費用・監督管理のための資金の獲得・提供、③コミュニティの動員の3つが挙げられている。さらに、政府からの補助金など資金面での支援に関しては、可能であればNGOが利用できるようにするという記述に留まり、基本的にはNGOの幼児教育施設の運営は、財政・雇用の双方においてNGO内で完結する。
続いて、就学前教育拡大計画では、具体的に、政府、NGOが並列した形で拡大計画が作られているが、予算計画では政府立初等学校の分のみが計画され、NGOが提供する施設について予算配分は行われていない。一方で、就学前教育を提供するうえで参照にすべき基準がレベル1~3の3段階で記載されており、そのなかには教材として政府の指定するコア教材がすべて揃っていることが最低基準として掲げられている。このことから、予算配分は行わないものの、政府の基準に従うことを暗に要求していることが示唆される。拡大計画には触れられていないが、2014年1月からは就学前教育を提供するすべての機関がナショナルカリキュラムに従うことも求められており、政府の介入が始まったことがわかる。
以上を見てみると、政府は、協働するNGOの選定を重視し、協働成立後はカリキュラムや教材の提供を通して一定介入するものの、費用面では協働していない。インタビューでは、NGOが政府に協働する意義として、政府からの財政的支援よりも、政府と協働することでNGO自身の活動のインパクトの大きさを示すことができ、ドナーからの資金獲得につながるという声も聴かれた
[iii]。このように、政府とNGOの協働では、資金を別にしながら拡大していけるという強みがあるものの、NGOとの協働成立後の評価の仕組みが確立していないなど、政府の基準が質の担保として機能するための仕組みができていないことが課題として指摘できる。2014年3月時点でガイドラインに従って政府と協働を始めたNGOは12団体に過ぎず
[iv]、独自の方法で就学前教育を提供しているNGOと統一性を求める政府との協働がどのように進んでいくのか、今後の展開が注目される。
[i] UNESCO Staticsより http://stats.uis.unesco.org/unesco/TableViewer/document.aspx?ReportId=121&IF_Language=eng&BR_Country=500&BR_Region=40535(最終アクセス2014年5月26日)
[ii] 各政策の正式名称については次の通り。就学前教育実践枠組み(Operational Framework for Pre-Primary Education)、就学前教育拡大計画(Pre Primary Education Expansion Plan)、政府-NGO協働ガイドライン(Guideline on GO-NGO Collaboration for Universal Pre-Primary Education (PPE) in Bangladesh)、政府-NGO協働実践計画(Implementation Plan of GO-NGO Collaboration Guideline for PPE in Bangladesh)
[iii] 2013年8月3日。BEN事務局長へのインタビューより
[iv] 2014.3.10. BEN事務局長からのe-mailより